学歴
【修羅場】センター試験中大きなアラーム音が鳴った。発信元は私の鞄。電源切ったはずなのにどうして?呆然と会場を後にした私だが犯人はなんとあの人と判明し…壮絶展開の行方!
581 :鬼女の秘密 2019/11/11(月) 23:25:49 ID:YMV
まだガラケーが主流だったころ、私の通う高校は携帯の持ち込み自体が校則で禁止されていた
当時は公衆電話もかなり数が減り、公共交通機関の関連や親の事情により携帯を持たされていた子もいたけれど
学校はそういう事情を一切考慮せず、たとえ電源が切ってあっても、携帯を校内に持ち込んだのがバレた時点で取り上げられ、
反省文を書き、保護者が学校に取りに来るまで絶対に返却されなかった
しかも抜き打ち的に持ち物チェックがあり、体育の授業などで教室があいたときにカバン、ロッカー、机の中をチェックされるから
高校生の八割方が自分の携帯を持っていた時代にしては、かなり厳しい学校だったと思う
だから学校では友達のものであれ、携帯を目にすることはなかった
また、そんな事情があったので、私は珍しく携帯を親から与えられていなかった
代わりに、模試を受ける際など帰りが日が暮れてからになる場合や、送り迎えが必要なときには、
母親の携帯をもたされており、それで家に電話をかけていた
つまるところ、私が携帯に触れる機会はほとんど無く、渡されても基本は電源オフだったので、
携帯の使い方を全くわかっていなかった
私の住んでいるところは雪が降ると電車がとまるところだった
センター試験の日、朝からかなり吹雪いており、始発から電車に遅れがでていたので、
帰りに電車が止まることは確実で、母から携帯を持たされていた
渡された時点では電源が切れており、私はそのまま預かり、試験会場へ向かった
会場でも携帯の電源が切れていることを確認し、それからはずっとカバンの中にしまっていた
ところが、英語のリスニングが始まったとき、突如カバンから大きなアラームの音が鳴り出した
周りもこちらを見ており、私のカバンから音が出ているのは明らかだった
すぐに試験官に荷物ごと会場の外につれていかれ、カバンを確認すると、中から電源が入ってアラームが鳴っている携帯が出てきた
頭が真っ白になった
このとき初めて、アラームは電源が切れていても鳴ることを知った
試験官に言われるがままアラームを切ったが、もう試験の続行は不可能だった
試験官が何か説明していたが、頭に入るわけもなく、ただ呆然としていると、またアラームがなり始めた
試験官が携帯を確認したところ、最初のアラームから五分おきにアラームが3つ設定されていた
そこからはショックすぎて何をどうしたのか覚えてないが、気づけば帰りの電車に乗っていた
案の定途中で電車が止まり、母親に迎えに来てもらう気になれず、五時間ほど歩いて自宅まで帰っていた
家に帰った頃には、汗やら霙やら溶けた雪やらで全身ぐっしょり濡れていて、顔が真っ赤になって高熱が出ていた
母は私がセンター試験で失敗したことを悟り、すぐに学校へ連絡した
熱に浮かされながら担任と話し、会場を追い出されたことだけを伝えたらメチャクチャに怒られたそうだが、覚えていない
電話のあとはいつの間にか倒れて、救急車を呼ぶ騒ぎになっていた
高熱が出すぎて、しばらく急に笑いだしたり立ち歩いて外に行こうとしたり、窓から飛び降りようとしたりと大変だったらしい
私はむしろ帰っている途中の記憶からすでになく、目を冷ましたときにはセンター試験を受けたことさえしばし忘れていた
正常に戻ったあと、病院に母と学校の先生が来てくれたときに、正直にあったことをすべて話した
会場には同じ学校の人もいたからか、担任はある程度事情を知ってたようだけど、話を聞いて呆れたとばかりにため息をついた
母は私の話を聞いて、顔が真っ青だった
ずっと「私のせいです、私のせいです」と呟いてた
母は自杀殳でもするんじゃないかと思うくらい狼狽していて、先生はずっと私ではなく母を慰めてたくらいだった
当時は公衆電話もかなり数が減り、公共交通機関の関連や親の事情により携帯を持たされていた子もいたけれど
学校はそういう事情を一切考慮せず、たとえ電源が切ってあっても、携帯を校内に持ち込んだのがバレた時点で取り上げられ、
反省文を書き、保護者が学校に取りに来るまで絶対に返却されなかった
しかも抜き打ち的に持ち物チェックがあり、体育の授業などで教室があいたときにカバン、ロッカー、机の中をチェックされるから
高校生の八割方が自分の携帯を持っていた時代にしては、かなり厳しい学校だったと思う
だから学校では友達のものであれ、携帯を目にすることはなかった
また、そんな事情があったので、私は珍しく携帯を親から与えられていなかった
代わりに、模試を受ける際など帰りが日が暮れてからになる場合や、送り迎えが必要なときには、
母親の携帯をもたされており、それで家に電話をかけていた
つまるところ、私が携帯に触れる機会はほとんど無く、渡されても基本は電源オフだったので、
携帯の使い方を全くわかっていなかった
私の住んでいるところは雪が降ると電車がとまるところだった
センター試験の日、朝からかなり吹雪いており、始発から電車に遅れがでていたので、
帰りに電車が止まることは確実で、母から携帯を持たされていた
渡された時点では電源が切れており、私はそのまま預かり、試験会場へ向かった
会場でも携帯の電源が切れていることを確認し、それからはずっとカバンの中にしまっていた
ところが、英語のリスニングが始まったとき、突如カバンから大きなアラームの音が鳴り出した
周りもこちらを見ており、私のカバンから音が出ているのは明らかだった
すぐに試験官に荷物ごと会場の外につれていかれ、カバンを確認すると、中から電源が入ってアラームが鳴っている携帯が出てきた
頭が真っ白になった
このとき初めて、アラームは電源が切れていても鳴ることを知った
試験官に言われるがままアラームを切ったが、もう試験の続行は不可能だった
試験官が何か説明していたが、頭に入るわけもなく、ただ呆然としていると、またアラームがなり始めた
試験官が携帯を確認したところ、最初のアラームから五分おきにアラームが3つ設定されていた
そこからはショックすぎて何をどうしたのか覚えてないが、気づけば帰りの電車に乗っていた
案の定途中で電車が止まり、母親に迎えに来てもらう気になれず、五時間ほど歩いて自宅まで帰っていた
家に帰った頃には、汗やら霙やら溶けた雪やらで全身ぐっしょり濡れていて、顔が真っ赤になって高熱が出ていた
母は私がセンター試験で失敗したことを悟り、すぐに学校へ連絡した
熱に浮かされながら担任と話し、会場を追い出されたことだけを伝えたらメチャクチャに怒られたそうだが、覚えていない
電話のあとはいつの間にか倒れて、救急車を呼ぶ騒ぎになっていた
高熱が出すぎて、しばらく急に笑いだしたり立ち歩いて外に行こうとしたり、窓から飛び降りようとしたりと大変だったらしい
私はむしろ帰っている途中の記憶からすでになく、目を冷ましたときにはセンター試験を受けたことさえしばし忘れていた
正常に戻ったあと、病院に母と学校の先生が来てくれたときに、正直にあったことをすべて話した
会場には同じ学校の人もいたからか、担任はある程度事情を知ってたようだけど、話を聞いて呆れたとばかりにため息をついた
母は私の話を聞いて、顔が真っ青だった
ずっと「私のせいです、私のせいです」と呟いてた
母は自杀殳でもするんじゃないかと思うくらい狼狽していて、先生はずっと私ではなく母を慰めてたくらいだった
「援助受けてズルい」義実家の近くに家を建ててから文句ばっかりの義兄嫁。思えば最初から態度が傲慢だった。ウトメも逃げる義兄嫁の暴走は留まる事なく加速しっぱなし!→その結果…
884 :鬼女の秘密 2016/02/19(金) 16:05:08 ID:1de
ごめん。恨みの年数長いから書き込みも長くなる。
義兄夫婦がやっとこさ離婚した。
ちなみに義兄は最初から最後まで空気ね。
義兄嫁は私たちの結婚から2年後に結婚したんだけど、ウトメは一言も同居の話なんかしたことないのに時代はもう昭和じゃないんですぅー長男も次男もないですぅーと堂々言ってのけた。
そんな感じだからウトメも私家も義兄家とはほぼ没交渉。
私の旦那(次男)は会社が近くだったものもあって義実家から徒歩3分の場所に家を建てた。
ウトメから新築祝いは貰ったけど、それ以外の援助はない。(誕生日等は除く)
散々義実家というワードに顔をしかめていた義兄嫁、うちが近距離別居で円満とわかるやいなや「援助受けてるだろズルイズルイ」ってなった。
そんなタイミングと時を同じくして近隣で開発が進む話が出てきたんだけど、それで勢いづいた義兄嫁、義兄をせっついて私家から徒歩5分もかからない所に新築。
私たちの時のように新築祝いしか渡さなかったウトメと軽くトラブったらしいけど今でもよく知らない。
予定通りに開発は進んで今までの不便が一気に解消された。
そしてなぜか知らないけど同時に近隣住人の都会化みたいなものが始まり、子供が幼稚園のうちからジジババの金を引っ張ってガンガン習い事をさせる親が大量発生。
もちろん義兄嫁も感化され、孫息子の為だろうと凄んであれだけ毛嫌いしてたウトメから金を引っ張って週4で5種類の習い事漬け生活に。
うちにも息子が二人るけど自ら興味を持てるものを見つけるまでは無理に習い事をさせなかった。
これについても数え切れないくらい義兄嫁からバカにされた。
上の息子が小学生になった時に足が早くなりたいんだけどどうしたらいいかと聞かれ、プールと体操を習いたいというので通わせた。
負けず嫌いの下の息子も一緒にやるというのでクラブに入会。
義兄嫁からは今更遅いだの言われて腹は立ったけど、あまり気にならなかった。
むしろ必タヒすぎなのが逆に心配なるほど。
もはや義兄家息子に何をしてほしいのかわからなかったし。
義兄家息子もなぜ習い事をしてるのか意味がわからなかったと思う。
義兄夫婦がやっとこさ離婚した。
ちなみに義兄は最初から最後まで空気ね。
義兄嫁は私たちの結婚から2年後に結婚したんだけど、ウトメは一言も同居の話なんかしたことないのに時代はもう昭和じゃないんですぅー長男も次男もないですぅーと堂々言ってのけた。
そんな感じだからウトメも私家も義兄家とはほぼ没交渉。
私の旦那(次男)は会社が近くだったものもあって義実家から徒歩3分の場所に家を建てた。
ウトメから新築祝いは貰ったけど、それ以外の援助はない。(誕生日等は除く)
散々義実家というワードに顔をしかめていた義兄嫁、うちが近距離別居で円満とわかるやいなや「援助受けてるだろズルイズルイ」ってなった。
そんなタイミングと時を同じくして近隣で開発が進む話が出てきたんだけど、それで勢いづいた義兄嫁、義兄をせっついて私家から徒歩5分もかからない所に新築。
私たちの時のように新築祝いしか渡さなかったウトメと軽くトラブったらしいけど今でもよく知らない。
予定通りに開発は進んで今までの不便が一気に解消された。
そしてなぜか知らないけど同時に近隣住人の都会化みたいなものが始まり、子供が幼稚園のうちからジジババの金を引っ張ってガンガン習い事をさせる親が大量発生。
もちろん義兄嫁も感化され、孫息子の為だろうと凄んであれだけ毛嫌いしてたウトメから金を引っ張って週4で5種類の習い事漬け生活に。
うちにも息子が二人るけど自ら興味を持てるものを見つけるまでは無理に習い事をさせなかった。
これについても数え切れないくらい義兄嫁からバカにされた。
上の息子が小学生になった時に足が早くなりたいんだけどどうしたらいいかと聞かれ、プールと体操を習いたいというので通わせた。
負けず嫌いの下の息子も一緒にやるというのでクラブに入会。
義兄嫁からは今更遅いだの言われて腹は立ったけど、あまり気にならなかった。
むしろ必タヒすぎなのが逆に心配なるほど。
もはや義兄家息子に何をしてほしいのかわからなかったし。
義兄家息子もなぜ習い事をしてるのか意味がわからなかったと思う。
新居に越して両家両親を招いて私の手料理で食事会。ウト「確かお宅はご両親二人とも高卒でしたよね?」母「そうですが…それが…?」この後修羅場になりウトメと絶縁宣言したったw
69 :鬼女の秘密 2007/09/02(日) 05:59:00 O
結婚早々やっちまった。
新居に越して一段落。両家両親を招いて食事をすることになった。
人当たりのよい義両親だったので、なんら心配はしてなかった…が。
私の手料理を振る舞い、しばらく談笑したところでウトがいきなり言い出した。
「確かお宅はご両親二人とも高卒でしたね?」
私の母が「そうですが…それが…?」と躊躇いがちに返した。
ウト「いえwなんてことはないんですがね。あ、私は中央出なんですがねw
何て言うか…やはり高卒の方は素朴だなと思いましてw」
この辺でウト以外気まずい空気。
トメが「ちょっあなたっ!?」と慌てるも、ウトは続けた。
「いやー、高卒でお嬢さんを大学に行かせるのは大変だったでしょう?素晴らしいw
家はね、家系的にまぁ大学にやるのは当たり前なんですがね。
お宅はお嬢さんが家へ嫁いで家系的にも、ランクアップと言いますかw
お嬢さんを大学にやってよかったですねぇ。三流とはいえ。
…息子の選んだ方ですから、文句はいいませんがね…」
一瞬の沈黙の後、怖い顔で聞いていた私父とポカーンと聞いていた旦那が
ほぼ同時に勢いよく口を開こうとしたのを遮って言った。
「お義父さん、大変回りくどい言い方でしたが、ようするに格上の家庭に拾ってもらって
感謝しろと言いたいんですね?私達が気にいらないってことですね?よくわかりました。
一生その下らない価値観で生きてみればいいと思います。
お葬式に誰も会いに来てくれないような寂しいことにならないといいですね。
少なくとも私は今日から一生あなたに会いに行くことはありません。葬儀にも出ません。
お帰りください。今すぐ。」玄関へ続くリビングのドアを開けて促した。
トメは慌てて「も、申し訳ありません…今日のところは、あなた、帰りましょ?!さぁ!」
とウトを立たせようとした。
ウトは思わぬ反撃だったようで言葉が出ないようだった。
真っ赤な顔で「何を…!ななんまいきな…!」みたいなことを言い、
それ以上言葉にならずプルプルしながら逃げるようにトメに連れられ帰って行った。
旦那には私と両親に土下座して謝られた。
…と、昨晩のことでした。興奮して眠れなかったよ。
もっと言ってやりたかったけど私にゃこれで精一杯でしたわ。
新居に越して一段落。両家両親を招いて食事をすることになった。
人当たりのよい義両親だったので、なんら心配はしてなかった…が。
私の手料理を振る舞い、しばらく談笑したところでウトがいきなり言い出した。
「確かお宅はご両親二人とも高卒でしたね?」
私の母が「そうですが…それが…?」と躊躇いがちに返した。
ウト「いえwなんてことはないんですがね。あ、私は中央出なんですがねw
何て言うか…やはり高卒の方は素朴だなと思いましてw」
この辺でウト以外気まずい空気。
トメが「ちょっあなたっ!?」と慌てるも、ウトは続けた。
「いやー、高卒でお嬢さんを大学に行かせるのは大変だったでしょう?素晴らしいw
家はね、家系的にまぁ大学にやるのは当たり前なんですがね。
お宅はお嬢さんが家へ嫁いで家系的にも、ランクアップと言いますかw
お嬢さんを大学にやってよかったですねぇ。三流とはいえ。
…息子の選んだ方ですから、文句はいいませんがね…」
一瞬の沈黙の後、怖い顔で聞いていた私父とポカーンと聞いていた旦那が
ほぼ同時に勢いよく口を開こうとしたのを遮って言った。
「お義父さん、大変回りくどい言い方でしたが、ようするに格上の家庭に拾ってもらって
感謝しろと言いたいんですね?私達が気にいらないってことですね?よくわかりました。
一生その下らない価値観で生きてみればいいと思います。
お葬式に誰も会いに来てくれないような寂しいことにならないといいですね。
少なくとも私は今日から一生あなたに会いに行くことはありません。葬儀にも出ません。
お帰りください。今すぐ。」玄関へ続くリビングのドアを開けて促した。
トメは慌てて「も、申し訳ありません…今日のところは、あなた、帰りましょ?!さぁ!」
とウトを立たせようとした。
ウトは思わぬ反撃だったようで言葉が出ないようだった。
真っ赤な顔で「何を…!ななんまいきな…!」みたいなことを言い、
それ以上言葉にならずプルプルしながら逃げるようにトメに連れられ帰って行った。
旦那には私と両親に土下座して謝られた。
…と、昨晩のことでした。興奮して眠れなかったよ。
もっと言ってやりたかったけど私にゃこれで精一杯でしたわ。
大学生A子B子、高卒社会人私、3人で食事中恋バナになった。A「35までに結婚したい」B「28、でも早いかな」A「てか25までに結婚してる人って●●●www」はあ?
244 :鬼女の秘密 2018/07/21(土) 18:09:45 ID:YEcaRnFc.net
大学生の友人A子とB子
高卒社会人の私、全員同い年
この3人で集まり食事に行った。
そこで恋バナになり、全員が彼氏持ちなので、愚痴やら惚気けやら盛り上がった。
結婚の話にもなり、
A子「35までには結婚したいなー」
B子「28かな、でも早いかな」
と、理想の年齢を答えてたんだけど、私がそろそろ結婚したいと言おうとした時、A子が
「ていうか、25までに結婚してる人ってDQNしかいないよねwww
だって 普 通 学校通ってるんだから結婚出来ないもんwww」
と、笑った。
私自身両親ともに高卒で、2人が23の時の子。デキ婚でもないし計画的だし、経済的に余裕もあった中でのこと。
私はそれを見ていたのもあり、早くに働いて稼ぎたかったので進学しなかったし、それをA子も知ってる。
A子と一緒に「それなww」と、盛り上がってるB子にも引いた。
私が「私大学通ってないじゃんw」と笑って誤魔化したら察したらしく、謝ってくれたので、友やめはせずだけどもやもやが残ってる。
高卒社会人の私、全員同い年
この3人で集まり食事に行った。
そこで恋バナになり、全員が彼氏持ちなので、愚痴やら惚気けやら盛り上がった。
結婚の話にもなり、
A子「35までには結婚したいなー」
B子「28かな、でも早いかな」
と、理想の年齢を答えてたんだけど、私がそろそろ結婚したいと言おうとした時、A子が
「ていうか、25までに結婚してる人ってDQNしかいないよねwww
だって 普 通 学校通ってるんだから結婚出来ないもんwww」
と、笑った。
私自身両親ともに高卒で、2人が23の時の子。デキ婚でもないし計画的だし、経済的に余裕もあった中でのこと。
私はそれを見ていたのもあり、早くに働いて稼ぎたかったので進学しなかったし、それをA子も知ってる。
A子と一緒に「それなww」と、盛り上がってるB子にも引いた。
私が「私大学通ってないじゃんw」と笑って誤魔化したら察したらしく、謝ってくれたので、友やめはせずだけどもやもやが残ってる。
子幼稚園ママ友、幸せ比較年収比較、飲み会の席で私の家庭内事情暴露「酔っぱらってたのテヘッ」で済ませられたり。私の方が不幸じゃないと気が済まない人、私は次第に馬鹿にされて…
723 :鬼女の秘密 2005/12/16(金) 16:43:14
このスレ夢中で読んでしまいました。
私も、子供の幼稚園からのママ友の一人に、いろいろ苦しみました。
幸せ比較やら、年収比較やら、飲み会の席で私の家庭内の事情の暴露やら、
それを「酔っ払ってたの、テヘッ」で済ませられたりとか、
その人といると信じられない事件が起きました。
上にもたくさんでてきてますが、その人も、私の方が不幸じゃないと
気が済まない人でした。下に見られて、私は次第に馬鹿にされていきました。
でもこのスレ読んでつくづく、自分に隙がありすぎたんだと
悟りますた…。
親しくなった頃、あなたは優しい、ほんとにいい人だねと言われて
おだてられて喜んでたんです。
変に図々しいな、と思うところも多々あったのに、
あなただけが友達、みたいに言ってくるその人に
冷たくできなかったです。
今までの友達にはいなかったタイプで、面白いと感じてもいました。
私はつるむのが苦手で、一人で行動するタイプでしたが
その人はいきなり近づいてきて、
急激に親しくなって。こんな付き合いが私もできるんだな、
と最初は嬉しかったんです。
でもほんと最初のうちだけでした。
私も、子供の幼稚園からのママ友の一人に、いろいろ苦しみました。
幸せ比較やら、年収比較やら、飲み会の席で私の家庭内の事情の暴露やら、
それを「酔っ払ってたの、テヘッ」で済ませられたりとか、
その人といると信じられない事件が起きました。
上にもたくさんでてきてますが、その人も、私の方が不幸じゃないと
気が済まない人でした。下に見られて、私は次第に馬鹿にされていきました。
でもこのスレ読んでつくづく、自分に隙がありすぎたんだと
悟りますた…。
親しくなった頃、あなたは優しい、ほんとにいい人だねと言われて
おだてられて喜んでたんです。
変に図々しいな、と思うところも多々あったのに、
あなただけが友達、みたいに言ってくるその人に
冷たくできなかったです。
今までの友達にはいなかったタイプで、面白いと感じてもいました。
私はつるむのが苦手で、一人で行動するタイプでしたが
その人はいきなり近づいてきて、
急激に親しくなって。こんな付き合いが私もできるんだな、
と最初は嬉しかったんです。
でもほんと最初のうちだけでした。
【あなたの意見は?】どうして男のブサイク高学歴が許されるのに女は許されないの?←スレ民「女の価値は若さと美しさだから」「今は女も学歴必要だよ」「男のブサイク高学歴もゴミ」
【修羅場】センター試験中大きなアラーム音が鳴った。発信元は私の鞄。電源切ったはずなのにどうして?呆然と会場を後にした私だが犯人はなんとあの人と判明し…壮絶展開の行方!
581 :鬼女の秘密 2019/11/11(月) 23:25:49 ID:YMV
まだガラケーが主流だったころ、私の通う高校は携帯の持ち込み自体が校則で禁止されていた
当時は公衆電話もかなり数が減り、公共交通機関の関連や親の事情により携帯を持たされていた子もいたけれど
学校はそういう事情を一切考慮せず、たとえ電源が切ってあっても、携帯を校内に持ち込んだのがバレた時点で取り上げられ、
反省文を書き、保護者が学校に取りに来るまで絶対に返却されなかった
しかも抜き打ち的に持ち物チェックがあり、体育の授業などで教室があいたときにカバン、ロッカー、机の中をチェックされるから
高校生の八割方が自分の携帯を持っていた時代にしては、かなり厳しい学校だったと思う
だから学校では友達のものであれ、携帯を目にすることはなかった
また、そんな事情があったので、私は珍しく携帯を親から与えられていなかった
代わりに、模試を受ける際など帰りが日が暮れてからになる場合や、送り迎えが必要なときには、
母親の携帯をもたされており、それで家に電話をかけていた
つまるところ、私が携帯に触れる機会はほとんど無く、渡されても基本は電源オフだったので、
携帯の使い方を全くわかっていなかった
私の住んでいるところは雪が降ると電車がとまるところだった
センター試験の日、朝からかなり吹雪いており、始発から電車に遅れがでていたので、
帰りに電車が止まることは確実で、母から携帯を持たされていた
渡された時点では電源が切れており、私はそのまま預かり、試験会場へ向かった
会場でも携帯の電源が切れていることを確認し、それからはずっとカバンの中にしまっていた
ところが、英語のリスニングが始まったとき、突如カバンから大きなアラームの音が鳴り出した
周りもこちらを見ており、私のカバンから音が出ているのは明らかだった
すぐに試験官に荷物ごと会場の外につれていかれ、カバンを確認すると、中から電源が入ってアラームが鳴っている携帯が出てきた
頭が真っ白になった
このとき初めて、アラームは電源が切れていても鳴ることを知った
試験官に言われるがままアラームを切ったが、もう試験の続行は不可能だった
試験官が何か説明していたが、頭に入るわけもなく、ただ呆然としていると、またアラームがなり始めた
試験官が携帯を確認したところ、最初のアラームから五分おきにアラームが3つ設定されていた
そこからはショックすぎて何をどうしたのか覚えてないが、気づけば帰りの電車に乗っていた
案の定途中で電車が止まり、母親に迎えに来てもらう気になれず、五時間ほど歩いて自宅まで帰っていた
家に帰った頃には、汗やら霙やら溶けた雪やらで全身ぐっしょり濡れていて、顔が真っ赤になって高熱が出ていた
母は私がセンター試験で失敗したことを悟り、すぐに学校へ連絡した
熱に浮かされながら担任と話し、会場を追い出されたことだけを伝えたらメチャクチャに怒られたそうだが、覚えていない
電話のあとはいつの間にか倒れて、救急車を呼ぶ騒ぎになっていた
高熱が出すぎて、しばらく急に笑いだしたり立ち歩いて外に行こうとしたり、窓から飛び降りようとしたりと大変だったらしい
私はむしろ帰っている途中の記憶からすでになく、目を冷ましたときにはセンター試験を受けたことさえしばし忘れていた
正常に戻ったあと、病院に母と学校の先生が来てくれたときに、正直にあったことをすべて話した
会場には同じ学校の人もいたからか、担任はある程度事情を知ってたようだけど、話を聞いて呆れたとばかりにため息をついた
母は私の話を聞いて、顔が真っ青だった
ずっと「私のせいです、私のせいです」と呟いてた
母は自杀殳でもするんじゃないかと思うくらい狼狽していて、先生はずっと私ではなく母を慰めてたくらいだった
当時は公衆電話もかなり数が減り、公共交通機関の関連や親の事情により携帯を持たされていた子もいたけれど
学校はそういう事情を一切考慮せず、たとえ電源が切ってあっても、携帯を校内に持ち込んだのがバレた時点で取り上げられ、
反省文を書き、保護者が学校に取りに来るまで絶対に返却されなかった
しかも抜き打ち的に持ち物チェックがあり、体育の授業などで教室があいたときにカバン、ロッカー、机の中をチェックされるから
高校生の八割方が自分の携帯を持っていた時代にしては、かなり厳しい学校だったと思う
だから学校では友達のものであれ、携帯を目にすることはなかった
また、そんな事情があったので、私は珍しく携帯を親から与えられていなかった
代わりに、模試を受ける際など帰りが日が暮れてからになる場合や、送り迎えが必要なときには、
母親の携帯をもたされており、それで家に電話をかけていた
つまるところ、私が携帯に触れる機会はほとんど無く、渡されても基本は電源オフだったので、
携帯の使い方を全くわかっていなかった
私の住んでいるところは雪が降ると電車がとまるところだった
センター試験の日、朝からかなり吹雪いており、始発から電車に遅れがでていたので、
帰りに電車が止まることは確実で、母から携帯を持たされていた
渡された時点では電源が切れており、私はそのまま預かり、試験会場へ向かった
会場でも携帯の電源が切れていることを確認し、それからはずっとカバンの中にしまっていた
ところが、英語のリスニングが始まったとき、突如カバンから大きなアラームの音が鳴り出した
周りもこちらを見ており、私のカバンから音が出ているのは明らかだった
すぐに試験官に荷物ごと会場の外につれていかれ、カバンを確認すると、中から電源が入ってアラームが鳴っている携帯が出てきた
頭が真っ白になった
このとき初めて、アラームは電源が切れていても鳴ることを知った
試験官に言われるがままアラームを切ったが、もう試験の続行は不可能だった
試験官が何か説明していたが、頭に入るわけもなく、ただ呆然としていると、またアラームがなり始めた
試験官が携帯を確認したところ、最初のアラームから五分おきにアラームが3つ設定されていた
そこからはショックすぎて何をどうしたのか覚えてないが、気づけば帰りの電車に乗っていた
案の定途中で電車が止まり、母親に迎えに来てもらう気になれず、五時間ほど歩いて自宅まで帰っていた
家に帰った頃には、汗やら霙やら溶けた雪やらで全身ぐっしょり濡れていて、顔が真っ赤になって高熱が出ていた
母は私がセンター試験で失敗したことを悟り、すぐに学校へ連絡した
熱に浮かされながら担任と話し、会場を追い出されたことだけを伝えたらメチャクチャに怒られたそうだが、覚えていない
電話のあとはいつの間にか倒れて、救急車を呼ぶ騒ぎになっていた
高熱が出すぎて、しばらく急に笑いだしたり立ち歩いて外に行こうとしたり、窓から飛び降りようとしたりと大変だったらしい
私はむしろ帰っている途中の記憶からすでになく、目を冷ましたときにはセンター試験を受けたことさえしばし忘れていた
正常に戻ったあと、病院に母と学校の先生が来てくれたときに、正直にあったことをすべて話した
会場には同じ学校の人もいたからか、担任はある程度事情を知ってたようだけど、話を聞いて呆れたとばかりにため息をついた
母は私の話を聞いて、顔が真っ青だった
ずっと「私のせいです、私のせいです」と呟いてた
母は自杀殳でもするんじゃないかと思うくらい狼狽していて、先生はずっと私ではなく母を慰めてたくらいだった
「援助受けてズルい」義実家の近くに家を建ててから文句ばっかりの義兄嫁。思えば最初から態度が傲慢だった。ウトメも逃げる義兄嫁の暴走は留まる事なく加速しっぱなし!→その結果…
884 :鬼女の秘密 2016/02/19(金) 16:05:08 ID:1de
ごめん。恨みの年数長いから書き込みも長くなる。
義兄夫婦がやっとこさ離婚した。
ちなみに義兄は最初から最後まで空気ね。
義兄嫁は私たちの結婚から2年後に結婚したんだけど、ウトメは一言も同居の話なんかしたことないのに時代はもう昭和じゃないんですぅー長男も次男もないですぅーと堂々言ってのけた。
そんな感じだからウトメも私家も義兄家とはほぼ没交渉。
私の旦那(次男)は会社が近くだったものもあって義実家から徒歩3分の場所に家を建てた。
ウトメから新築祝いは貰ったけど、それ以外の援助はない。(誕生日等は除く)
散々義実家というワードに顔をしかめていた義兄嫁、うちが近距離別居で円満とわかるやいなや「援助受けてるだろズルイズルイ」ってなった。
そんなタイミングと時を同じくして近隣で開発が進む話が出てきたんだけど、それで勢いづいた義兄嫁、義兄をせっついて私家から徒歩5分もかからない所に新築。
私たちの時のように新築祝いしか渡さなかったウトメと軽くトラブったらしいけど今でもよく知らない。
予定通りに開発は進んで今までの不便が一気に解消された。
そしてなぜか知らないけど同時に近隣住人の都会化みたいなものが始まり、子供が幼稚園のうちからジジババの金を引っ張ってガンガン習い事をさせる親が大量発生。
もちろん義兄嫁も感化され、孫息子の為だろうと凄んであれだけ毛嫌いしてたウトメから金を引っ張って週4で5種類の習い事漬け生活に。
うちにも息子が二人るけど自ら興味を持てるものを見つけるまでは無理に習い事をさせなかった。
これについても数え切れないくらい義兄嫁からバカにされた。
上の息子が小学生になった時に足が早くなりたいんだけどどうしたらいいかと聞かれ、プールと体操を習いたいというので通わせた。
負けず嫌いの下の息子も一緒にやるというのでクラブに入会。
義兄嫁からは今更遅いだの言われて腹は立ったけど、あまり気にならなかった。
むしろ必タヒすぎなのが逆に心配なるほど。
もはや義兄家息子に何をしてほしいのかわからなかったし。
義兄家息子もなぜ習い事をしてるのか意味がわからなかったと思う。
義兄夫婦がやっとこさ離婚した。
ちなみに義兄は最初から最後まで空気ね。
義兄嫁は私たちの結婚から2年後に結婚したんだけど、ウトメは一言も同居の話なんかしたことないのに時代はもう昭和じゃないんですぅー長男も次男もないですぅーと堂々言ってのけた。
そんな感じだからウトメも私家も義兄家とはほぼ没交渉。
私の旦那(次男)は会社が近くだったものもあって義実家から徒歩3分の場所に家を建てた。
ウトメから新築祝いは貰ったけど、それ以外の援助はない。(誕生日等は除く)
散々義実家というワードに顔をしかめていた義兄嫁、うちが近距離別居で円満とわかるやいなや「援助受けてるだろズルイズルイ」ってなった。
そんなタイミングと時を同じくして近隣で開発が進む話が出てきたんだけど、それで勢いづいた義兄嫁、義兄をせっついて私家から徒歩5分もかからない所に新築。
私たちの時のように新築祝いしか渡さなかったウトメと軽くトラブったらしいけど今でもよく知らない。
予定通りに開発は進んで今までの不便が一気に解消された。
そしてなぜか知らないけど同時に近隣住人の都会化みたいなものが始まり、子供が幼稚園のうちからジジババの金を引っ張ってガンガン習い事をさせる親が大量発生。
もちろん義兄嫁も感化され、孫息子の為だろうと凄んであれだけ毛嫌いしてたウトメから金を引っ張って週4で5種類の習い事漬け生活に。
うちにも息子が二人るけど自ら興味を持てるものを見つけるまでは無理に習い事をさせなかった。
これについても数え切れないくらい義兄嫁からバカにされた。
上の息子が小学生になった時に足が早くなりたいんだけどどうしたらいいかと聞かれ、プールと体操を習いたいというので通わせた。
負けず嫌いの下の息子も一緒にやるというのでクラブに入会。
義兄嫁からは今更遅いだの言われて腹は立ったけど、あまり気にならなかった。
むしろ必タヒすぎなのが逆に心配なるほど。
もはや義兄家息子に何をしてほしいのかわからなかったし。
義兄家息子もなぜ習い事をしてるのか意味がわからなかったと思う。
子幼稚園ママ友、幸せ比較年収比較、飲み会の席で私の家庭内事情暴露「酔っぱらってたのテヘッ」で済ませられたり。私の方が不幸じゃないと気が済まない人、私は次第に馬鹿にされて…
723 :鬼女の秘密 2005/12/16(金) 16:43:14
このスレ夢中で読んでしまいました。
私も、子供の幼稚園からのママ友の一人に、いろいろ苦しみました。
幸せ比較やら、年収比較やら、飲み会の席で私の家庭内の事情の暴露やら、
それを「酔っ払ってたの、テヘッ」で済ませられたりとか、
その人といると信じられない事件が起きました。
上にもたくさんでてきてますが、その人も、私の方が不幸じゃないと
気が済まない人でした。下に見られて、私は次第に馬鹿にされていきました。
でもこのスレ読んでつくづく、自分に隙がありすぎたんだと
悟りますた…。
親しくなった頃、あなたは優しい、ほんとにいい人だねと言われて
おだてられて喜んでたんです。
変に図々しいな、と思うところも多々あったのに、
あなただけが友達、みたいに言ってくるその人に
冷たくできなかったです。
今までの友達にはいなかったタイプで、面白いと感じてもいました。
私はつるむのが苦手で、一人で行動するタイプでしたが
その人はいきなり近づいてきて、
急激に親しくなって。こんな付き合いが私もできるんだな、
と最初は嬉しかったんです。
でもほんと最初のうちだけでした。
私も、子供の幼稚園からのママ友の一人に、いろいろ苦しみました。
幸せ比較やら、年収比較やら、飲み会の席で私の家庭内の事情の暴露やら、
それを「酔っ払ってたの、テヘッ」で済ませられたりとか、
その人といると信じられない事件が起きました。
上にもたくさんでてきてますが、その人も、私の方が不幸じゃないと
気が済まない人でした。下に見られて、私は次第に馬鹿にされていきました。
でもこのスレ読んでつくづく、自分に隙がありすぎたんだと
悟りますた…。
親しくなった頃、あなたは優しい、ほんとにいい人だねと言われて
おだてられて喜んでたんです。
変に図々しいな、と思うところも多々あったのに、
あなただけが友達、みたいに言ってくるその人に
冷たくできなかったです。
今までの友達にはいなかったタイプで、面白いと感じてもいました。
私はつるむのが苦手で、一人で行動するタイプでしたが
その人はいきなり近づいてきて、
急激に親しくなって。こんな付き合いが私もできるんだな、
と最初は嬉しかったんです。
でもほんと最初のうちだけでした。
