洗脳

    593 :鬼女の秘密 2013/07/30(火) 10:37:09 0
    ずいぶん昔ですが、兄嫁が出産の際に亡くなり、知らせをうけた私が兄の家にかけつけた時のことです。

    元々兄と兄嫁は地獄の犬のようにうす汚い泥棒夫婦で、二人して私の父親からの遺産を横領を続けていました。
    (兄とは父親が違う異父きょうだい)
    他人にそんなマネをすれば犯罪で警察にかけこめますが、親兄弟からの金銭強奪に警察は介入してくれません。
    ずっと泣き寝入りの状態を強制され、私の金で豪遊するバカ夫婦などかかわり持ちたくもないし見たくもないし
    その状況をおぜんだてした、私を虐侍し続けた毒母とも疎遠にし、父が亡き後は家族と縁を切り、遠方で一人で暮らしていました。

    そんな状況でも、父親の法事やなにやらで実家に戻る機会はありますが、
    そこで顔を合わせる兄嫁やその家族は、私の金を横領してる後ろめたさや私に対するコンプレックスからか
    私のことをヒソヒソと噂して目の前であざ笑うという敵意丸出しの態度でした。
    兄嫁は福岡でも悪名高い田●の人で、泥棒部落という異名もある特殊な人たちの住む地区です。
    犯罪は当然、盗まれるほうが悪いという価値観の人たちが暮らす暗黒地帯です。
    兄があそこまで腐りきった人間に堕ちたのも、兄嫁からの洗脳があったからでしょう。

    737 :鬼女の秘密 2019/07/03(水) 14:25:59 ID:mnq
    元カレがDVののヒモ男、通称クソ人間でした。。

    そもそも私の実家が虐待する家だったのだが、19才のある日家を追い出され、
    当時付き合ってた彼氏(以後クソ人間)にそれを話したら、「彼家(実家)に来ていいよ」と言われたのが不幸の始まりだった。

    彼家に住み初めて数日後、突然クソ人間が会社を辞めたと言い出し、「なんで?」と聞いたら、「一緒にいたいから」との答え。
    一瞬「ん?」伴ったが、当時の私は少しうれしかった部分もあった。
    しかし、そこからは私の稼ぎを当てにするようになっていった。

    その当時、私は昼職と夜職をしていたが、ある日、夜職のあとすぐ昼職に行く日があり
    ソ人間を起こさないように、
    制服を取ってそのまま出勤しようとしたところ、その時の音で起きてしまったらしく、
    玄関で靴を履いていた私をひっつかみ、そのまま部屋へ引きずり込まれ、

    会社に出れなくなるくらいまで殴られた。これがDVの始まり。

    結局、昼職の職場が彼家から遠くなったこともあり、私も昼職を辞めてしまい、
    以後昼職の給料を貯金し夜職の日当を日々のの生活費にした。

    「食べ物買って」、「服買って」は当たり前、
    夜の仕事は続けていたが、職場に電話が来て「飲みに来てるから飲み代くれ」とその日の日当を持っていかれることも多々あった。

    足りない分は、昼職の貯金から補填していたので、底を着いたのは間もなくのことである。

    夜は門限が設けられ、夜職の付き合いなど行った日は必ず殴られ、無段外出が禁止となった。
    その後友人から聞いた話で、私は通称「籠の鳥」と言われていたそうである。

    688 :鬼女の秘密 2020/01/08(水) 12:19:40 ID:D0e
    四捨五入したら五十になる歳になってしまったので懺悔。
    新潟の中でもさらにド田舎の、住所に「大字」と付く実家で二十四歳まで暮らした。
    ベビーブームだったので、ド田舎でもそれなりに同年代の子供たちは周囲にいて、お隣(と言っても徒歩二分)は親のイトコの家。
    その家には二歳上の息子がいて、なんでか私はその子と将来結婚することが決まっていた。
    親は悪人ではないけど「お前はこういう生き方をするものだ」と決め付けてきて疑わない人。
    親の計画では私は「高校卒業後は短大に行って、市の公務員試験を受けて市役所勤務して、二十五歳になったらお隣のヒロちゃんと結婚して子供を三人産む」ことになってた。
    ちなみに弟は「いい大学に行け。その後は好きにすればいい」だった。

    親の言うことさえ聞いていれば叱られないし楽だったこともあって、私はボーっと親の言いなりの子に育った。
    親の言うがままに勉強して、親が言うまま本来の偏差値より低い高校(家から一番近かった)に入学して、ヒロちゃんと付き合った。
    ヒロちゃんを好きだと思ったことはなかった。
    私のことを完全にナメていて、ちょっとでも私が気に入らないことをすると両家の両親に言いつけた。
    私は両家の両親に「なぜヤらせないんだ」というようなことまで叱られた。ボーっとした私もさすがに屈辱だった。
    でも叱られたり叩かれたりするのがいやで、結局言いなりになってしまった。
    親の口癖は「おまえみたいな世間知らずは、ここでしか生きていけない」
    子供の頃からずーーーーーっと言われ続けていたので、完全に洗脳状態で「ここでしか生きていけないんだな、仕方ないな」と思っていた。

    短大卒業後、市職員の試験に合格。市役所の税務課で働いた。
    税務課の「土地・家屋」部門はなぜか男性.が九割で、歓迎会や納涼会などで初めて男性.と一緒にお酒を飲んだ。
    ヒロちゃんといる時はヒロちゃんだけが飲んで、私はお酌をするだけで飲まないものとされていた。
    私は断りきれずに二杯ほど飲み、親に怒られると思いながら帰ったら
    「付き合いだからそういう場では飲むのが当然。断るのは相手の顔をつぶす」と言われ叱られなかった。
    それを機に、私は同僚にお酒に誘われるたび断らずに参加した。居酒屋だけじゃなく、バーやスナックにも連れていってもらった。
    スナックにはきれいな女性.がいて、ほえ~っとなった。
    勿論そういうきれいな人がいるのは知ってたけど、至近距離で見たのと「自分と同じ人間だ」と認識したのが初だった。
    「肌がきれい」とホステスさんに誉められて、まあ他に誉めるとこなかったんだろうけど、人に容姿を誉められたのが初めてで更にほえ~っとなった。
    親は私をかわいいともブスとも言ったことがなかった。
    ヒロちゃんは私をブスだババアだ(二歳下なのに)、我慢してやってるんだと言うだけだった。
    私は親に内緒で毎日一時間だけ、スナックで一杯飲んでから帰るようになった。
    自分がしゃべるよりホステスさんたちの話を聞くのが好きで、「聞き上手だ」と可愛がってもらえ、御代もしばしばホステスさんの奢りにしてもらった。
    ホステスさんの大半が今で言うシングルマザーで、旅館の住み込み仲居の経験がある人が多く、「どこの旅館がいい」「あそこは最低」と聞かされた。

    190 :鬼女の秘密 2016/10/10(月) 22:29:51 ID:6rZ
    旦那と結婚する前に付き合ってた人がDV男だった。
    外面がよく、見えないところを狙って殴るけるをする人だった。
    いつも赤で囲ったところの内側しか殴ったりけったりしなくて
    夏になると腕と太ももと足の赤で囲ったところは避けて
    胸から下の赤く囲ったところだけを狙うという念の入れよう。
    最初は逃げ出そうとしてたんだと思うんだけど、なんかもう気力がなくなって
    DV期とハネムーン期を繰り返してた。
    でもある日背中を思いっきり蹴られてその日から1週間くらい血尿が止まらなくて
    タヒぬんじゃないかと思ったら我慢できなくなってある日、元彼が眠ってる時に
    卵焼きを焼くフライパンでフライパンの柄が取れるまで殴り続けた。
    怖かったから足の先で元彼の頭をちょんちょんと蹴ったけど、
    頭がグラングランするだけで声をかけても返事がなかったので、
    警察に捕まる前に両親に会っておこうと思って実家に帰った。
    実家で2日ほどぶらぶらしてたんだけど、何かあったんだと親は思ったんだと思うけど、
    嫌なことがあったらいつでも帰っておいでと言われただけで、何も聞かれなかった。
    なんかこのまま逃げても逃げきれないし、親にも迷惑かけちゃうなと思ったから
    自首しようと思ってマンションに帰ると彼の荷物が無くなってて
    お前とは別れる。絶対に俺を探すな。って書いた紙がダイニングのテーブルの上に置いてあった。
    どれだけ怖かったのかわからないけど、わたしの通帳や貴重品や二人で貯めてた貯金箱は手つかずでそのままだった。
    私はその瞬間早く逃げなきゃと思ってそのマンションの大家に連絡を入れて
    契約を解約して余分にお金払って家財一切を処分してもらって引っ越しした。
    その後転職先で旦那と知り合って結婚した。
    旦那には人を杀殳しかけたこともDV男と付き合って一緒に住んでたことも隠しとおすつもり。




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