田舎

    136 :鬼女の秘密 2019/12/05(木) 11:39:29 ID:Zl.9r.L3
    今公務員を仕事として生活してる
    公務員は職員同士のいわゆる庁内婚が多いけど私はしたくなかった
    同じく公務員の従姉が庁内婚して相手有責で離婚する時にえらい目に遭ったのを見てたんだよ
    だから庁内婚を避けるため恋活アプリで彼氏を探して運良く婚約者を見つけられた
    で、結婚するにあたっての手続きを人事課でしてたらいつの間にか同僚たちにバレた
    モテないからって婚活したの?とかうちの職員より民間の人選ぶって珍しいねwとか興味津々で根掘り葉掘りされたりからかわれたりした
    婚活して何が悪いんだっていうか民間の人の何がダメなんだよ
    婚約者は大手民間企業の研究職で男性.が多い職場だから出会いがなかっただけの普通の人だぞ
    都市部の役所なのに中身は田舎のコミュニティ状態なのは前々からわかってたけど疲れた
    もう妊活しまーすって言って転職しようかな

    234 :鬼女の秘密 2009/07/17(金) 17:53:19 0
    結婚するときに、母から聞いた話。

    母は田舎の長男に嫁いでしまい、時代もあり朱に交わってエネmeになってしまって数年。
    同居の祖父母に「実家は捨てたものと思え」「電話などはトメの許可を得てするように」と言われ、
    父に愚痴っても「でも結婚ってそういうものだろ?今のお前の苗字はなんだ?」
    と、本当に結婚以来ほとんど実家には帰らせてもらえなかったそうだ。
    母実家の父(私の祖父)が病気に倒れ、介護が必要になっても「お前はうちの嫁」「近寄ることは許さん」で、
    母実家近くに住む母の兄夫婦(実質兄嫁)に全て任せるかたちに(祖母もいたけど、足が悪いので)。

    もういよいよ悪い、というときに、土下座をして「せめてもう一度だけ父の生きている顔を見たい」と
    泣きながら訴えたら、祖父に丸めた雑誌で頭をはたかれた。
    「お前はあの家の人間ではない、○○という男(祖父)とお前はもう他人なんだ」と。
    母いわく「ここで私の中の最後の線が切れた」らしい。
    もうどうにでもなれ、と通帳を探して(お金は、たとえ食料品を買うのでも、トメに頭を下げてそのつど
    手渡してもらう、がルールだったそうだ)次の日にでも実家に行ってしまおう、許可なんかいるか!
    と準備をしていたら、その夜祖父の訃報が飛び込んできた。

    「仕方がないので葬式だけは行かせてやる。感謝するように」と送り出され、実家に到着。
    親戚からの親不孝者!の罵りも受け、介護で疲弊しきった兄嫁を見て、母は遺産の相続を断った。
    兄夫婦は「そういうわけにはいかない」と言ったが、とても受け取ることはできないと。
    (祖父の介護や祖母の生活の面倒の費用なども、当然ぜんぶ兄夫婦に頼りきりだったので)
    (母曰く、遺産を全て兄に回してもきっと足が出ていたはず、だそうだ)
    そして、葬式会場にウトメから
    「うちの嫁がそちらに行ってると思いますが、泊まりは許してませんのでくれぐれも」という電話あり。

    1 :鬼女の秘密 2018/11/15(木) 11:33:53 ID:ze+fD5x60.net
    歩きタバコやめろ?
    ど田舎にはそんなものありません。
    文句あるならちゃんとした都会に行け。
    俺、悪くないよな?

    845 :鬼女の秘密 2014/10/07(火) 20:03:48 0.net
    ある記事読んで思い出したので
    ここに吐き出します
    長いし文才が無いので面白くもない

    祖母と両親と姉と俺の5人家族で田舎に住んでました
    一番昔の記憶は3才の時に夏の深夜に漏らして
    両親に殴られ庭の柿木に朝まで縛られて
    全身蚊に食われて大変な事になったが
    誰も家族は助けてくれませんでした
    この記憶以前から虐待が合ったのかはわかりませんが
    家族の反応から推測するに日常のひとコマだったと思います
    その後も両親に毎日殴られたり蹴られたり地下に閉じ込められたりし
    幼いながら身の危険を感じ5才の時に家出をしました
    結果家から20キロ離れた居酒屋の人に保護され家に逆戻りし
    泣き叫んで帰りたくないと訴えたが
    家族全員外面だけはいいのか誰も虐待されたって言っても信用されませんでした
    家族は何も言わずその後1ヶ月は虐待が止まったのですが
    近所の評判を気にしていただけであの家族がそんな事をするはずがない
    ってのを確認したんでしょうね、虐待は再開され陰湿になりました

    331 :鬼女の秘密 2020/01/21(火) 12:17:41 ID:i7.ep.L1
    皆のいう衝撃とはちょっとズレてるかもしれない
    俺は三人兄弟の長男で、妻の姓を名乗ってる
    弟二人が「男が女に名前を合わせて変えるなんてありえない、男は跡取りとしての役割がある」と言ってて
    なんか跡取り問題で才柔めそうだなと思ったので、両親や親戚の反対を押し切って妻の姓にして妻の実家で同居した
    その際に遺産相続は一切しないとの一筆を書かされたが、元々遺産は求めてなかったので二つ返事で書いた
    両親と祖母は開いた口が塞がってなかったが、弟二人は小躍りしてた

    前、法事があって実家に行ったとき、祖母、母、叔母、伯母、従姉妹、妻が連れたって台所に食事の支度をしに行った
    俺はいつものくせで、ひょこひょこと妻の後ろに付いていった
    台所についたら、女性.陣の目が一斉に俺に注がれ、「何しに来たの」と言われた
    ビビりながら「え、何って、手伝いだけど」と伝えたら、妻以外が雷に打たれたような顔をした
    伯母から「それならこれを持っていって」と大量のビール瓶とグラスを任されたので、食卓のある三間続きの和室に運んだ
    そこでは父、弟を始め、親戚全員の男性.が当たり前のように座り込んでテレビをつけて寛いでいた
    そして俺の運んだビールで酒盛りを始めた
    俺は早速あいた瓶を持って台所に向かうと、また女性.陣が驚いた顔をして、「また来た!」と言われた
    再度「何しに来たの」と言われたので、「だから手伝いに」というと、酒のつまみを運ぶように頼まれた
    再度戻るともう驚いた顔はされなかった
    俺は普段妻の実家にいるとき、台所に立つ妻の隣でいつも何か手伝いをしてた
    カレーの日なら簡単に皮がむける玉ねぎと人参の皮をむき
    妻が鍋で調理を始めたらその隣で洗い物をする感じ
    元々アトピー持ちの妻の手荒れが心配で洗い物全般を引き受けることから始まった習慣だが
    それがいつの間にか俺の日常になっていて、妻が台所へ立つと無意識に俺も台所へ行くようになっていた
    妻の実家で同居になるまで、俺は男性.陣と同じようなことをしていた
    そういえば元々妻の実家でも、同居した直後は義母から「常識無いわね」と散々叱られて家事を覚えたんだった
    半泣きになりながら自分の溜め込んだワイシャツの黄ばみを歯ブラシで落とし、洗濯して
    どうやっても上手くアイロンがけが出来なくて、惨めになりながら何時間もアイロンと格闘したっけ
    あっちのシワを伸ばせばこっちのシワができるのエンドレス

    祖母と母は「うちの大事な男子になんてことをさせるんだ」と妻と妻の実家に怒っていたが
    伯母が「もう時代は令和、私ら昭和初期の考えは古いんだよ」と間に入ってなだめてくれたのが意外だった
    伯母は嫁いだ身ながら唯一自営で自分で稼いでおり、俺より数歳年上の息子がいて、東京に行って就職・結婚してるから
    価値観を更新する機会がどこかにあったのかもしれない
    俺も妻と結婚して実家から離れなければ、ずっと実家の価値観のまま令和を迎えていたと思う
    そう思ったら、なんだか空恐ろしくなった
    ちなみに男性.陣には、年下の弟や高校生の従兄弟にまで、「台所に出入りする男、ミットモナイ」
    「夫を台所に出入りさせる女、ミットモナイ」と言われた
    一方、年の近い社会人の従姉妹たちは
    「今どき共働きが当然で女もバリバリ働く時代、おさんどんなんてタヒ語
    家事できない男なんてゴミ、親戚の男性.陣みんなゴミ」
    となかなかの酷評だった
    従姉妹たちは地元で就職して自立しているが、地元の人と結婚する気は無いらしい
    「母や祖母みたいに男につくす人生なんてイヤ、この辺の男は老若男女みんな昭和脳なんだもん」とのことで、
    田舎の人口減、少子化の原因はこんなところにも転がっていた
    俺も18歳で家を出るまでゴミだったのかと思うと、本当に申し訳なかった

    無意識のうちに価値観が更新されていたことと
    狭い世界で生きてることの怖さを知ったのが衝撃だった

    688 :鬼女の秘密 2020/01/08(水) 12:19:40 ID:D0e
    四捨五入したら五十になる歳になってしまったので懺悔。
    新潟の中でもさらにド田舎の、住所に「大字」と付く実家で二十四歳まで暮らした。
    ベビーブームだったので、ド田舎でもそれなりに同年代の子供たちは周囲にいて、お隣(と言っても徒歩二分)は親のイトコの家。
    その家には二歳上の息子がいて、なんでか私はその子と将来結婚することが決まっていた。
    親は悪人ではないけど「お前はこういう生き方をするものだ」と決め付けてきて疑わない人。
    親の計画では私は「高校卒業後は短大に行って、市の公務員試験を受けて市役所勤務して、二十五歳になったらお隣のヒロちゃんと結婚して子供を三人産む」ことになってた。
    ちなみに弟は「いい大学に行け。その後は好きにすればいい」だった。

    親の言うことさえ聞いていれば叱られないし楽だったこともあって、私はボーっと親の言いなりの子に育った。
    親の言うがままに勉強して、親が言うまま本来の偏差値より低い高校(家から一番近かった)に入学して、ヒロちゃんと付き合った。
    ヒロちゃんを好きだと思ったことはなかった。
    私のことを完全にナメていて、ちょっとでも私が気に入らないことをすると両家の両親に言いつけた。
    私は両家の両親に「なぜヤらせないんだ」というようなことまで叱られた。ボーっとした私もさすがに屈辱だった。
    でも叱られたり叩かれたりするのがいやで、結局言いなりになってしまった。
    親の口癖は「おまえみたいな世間知らずは、ここでしか生きていけない」
    子供の頃からずーーーーーっと言われ続けていたので、完全に洗脳状態で「ここでしか生きていけないんだな、仕方ないな」と思っていた。

    短大卒業後、市職員の試験に合格。市役所の税務課で働いた。
    税務課の「土地・家屋」部門はなぜか男性.が九割で、歓迎会や納涼会などで初めて男性.と一緒にお酒を飲んだ。
    ヒロちゃんといる時はヒロちゃんだけが飲んで、私はお酌をするだけで飲まないものとされていた。
    私は断りきれずに二杯ほど飲み、親に怒られると思いながら帰ったら
    「付き合いだからそういう場では飲むのが当然。断るのは相手の顔をつぶす」と言われ叱られなかった。
    それを機に、私は同僚にお酒に誘われるたび断らずに参加した。居酒屋だけじゃなく、バーやスナックにも連れていってもらった。
    スナックにはきれいな女性.がいて、ほえ~っとなった。
    勿論そういうきれいな人がいるのは知ってたけど、至近距離で見たのと「自分と同じ人間だ」と認識したのが初だった。
    「肌がきれい」とホステスさんに誉められて、まあ他に誉めるとこなかったんだろうけど、人に容姿を誉められたのが初めてで更にほえ~っとなった。
    親は私をかわいいともブスとも言ったことがなかった。
    ヒロちゃんは私をブスだババアだ(二歳下なのに)、我慢してやってるんだと言うだけだった。
    私は親に内緒で毎日一時間だけ、スナックで一杯飲んでから帰るようになった。
    自分がしゃべるよりホステスさんたちの話を聞くのが好きで、「聞き上手だ」と可愛がってもらえ、御代もしばしばホステスさんの奢りにしてもらった。
    ホステスさんの大半が今で言うシングルマザーで、旅館の住み込み仲居の経験がある人が多く、「どこの旅館がいい」「あそこは最低」と聞かされた。

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