祖母

    333 :鬼女の秘密 2019/11/06(水) 15:13:02 ID:wN.y6.L2
    母は毒親ではなかったけど祖母が毒祖母だった
    私と妹を自分の価値観の物差しに当てはめようとしまくってた
    お友達たくさんいてお洒落して可愛らしくて成績は中くらいって感じにさせようとしてきた
    が、私は成績は良いのに生態系はお洒落のおの字にも興味を持たないモンキー
    妹は趣味は1人で図工やお菓子作りで好きで親しい友達を2人に糸交る内気な子
    祖母視点でそこそこ可愛いツラしてる孫娘がコレだから常に躾と称した狂気じみた嫌がらせしてきた
    私の勉強道具取り上げたり妹の友達(と称した放置子たち)を勝手に家へ上げたりした
    私たちが反抗するとお仕置きと称して定規で叩かれる、逃げてもトイレをこじ開けてまで叩きに来る
    父や母が抗議しても「私は孫のためを思ってやってるのにぃぃぃ!」って逆ギレ
    そもそも父が女の子っぽい趣味を仕事にしてることや母が働いてることも気に食わなかったらしく毎晩大舌戦が展開されてた
    私たちや母を庇ってくれてた祖父が亡くなってからより祖母の攻撃が激化したので進学や就職に合わせて私も妹も家から脱出
    のちに祖母の攻撃が集中したせいでうつ気味になった母も父の援護で別居
    以来15年以上経つがまだ祖母は逝かない
    私は体が弱いからっていっつも言ってたくせになかなかしぶとい
    このままじゃ父がろくに孫の顔を見ることも母とまったり老後を楽しむこともできないのでそろそろ逝ってほしい

    181 :鬼女の秘密 2011/09/08(木) 09:12:11 O
    父方祖母が亡くなって数ヶ月後、トメから電話があった。
    「それにしてもお母さんはお姑さんの介護して偉いわ~。
    でもそれができたのは長年同居して気心が知れてたからよね~
    最近の人は親に問題が出来てから同居するから駄目なのよ。
    大変なのはお嫁さんなのにね~」
    ってな内容を長々と言われた。
    初めは母を褒めてるんだしと流すつもりだったけど
    『同居』って単語が出た辺りで警戒。
    『嫁が大変』ってところでトメの意図を確信したんで

    815 :鬼女の秘密 2016/07/12(火) 09:49:02 ID:u08
    修羅場ってわけじゃないかもしれないけれど。もう何年も前の話。

    私が中学生の頃に父が浮気した。
    浮気バレの発端はポストに入ってた手紙。幼児~小学生低学年ぐらいの絵で3人の人が描いてあって、それぞれに「○○(うちの名字)さん」「××(浮気相手の子供の名前)」「お母さん」と書いてあった。
    その時は疑問に思いつつも母や私達兄弟もさほど気にしてはいなかった。私が知らなかっただけで父には話してたのかもしれないけれど。

    本格的にバレたのはそれから数ヵ月後。その頃は祖母(父の実母)がタヒんで一年経つか経たないかだったからか、父が祖母の実家に泊りがけで掃除したり管理したりが多かった。
    私は部活で帰りが夕方というのもあり、何故本格的にバレたのかはわからないのだけれど、ある日、兄(当時大学生)や弟(当時小学校低学年)ではなく、私だけ唐突に母から呼び出された。

    居間に向かってみると父が床に正座、母仁王立ち。そして開口一番「お父さん浮気してたんだよ!」
    どうやら祖母の家に行くと言いながら浮気相手とランデブーしてたらしい。
    その後何事かと部屋を出てきた兄にも説明し、黙り込む父とふじこふじこしながら家を飛び出す母。泣き出す弟と私、呆然とする兄を置いて母の後を追いかける父。

    兄になだめられながら一、二時間ほど。半泣きの母を連れて父帰宅。とりあえず2人に触れないように兄弟そろって部屋に戻り、適当に風呂を済ませてその日は終了。
    結局離婚って話には成らなかったから良かったんだけど暫く母の家飛び出しグセがつくようになった。大抵その日のうちに帰ってきてたんだけどね。あと今では落ち着いてます

    548 :鬼女の秘密 2016/08/08(月) 19:07:23 ID:X64
    趣味は人生を豊かにしてくれると思う。熱中できるものがあるのは良いことだと思う
    だけどネトゲに打ち込んでいる人のことはどうしても軽蔑してしまう
    ちょっとぐらい寝食も忘れて没頭してしまうのは構わないと思うよ。当人が満足していて、周囲の状況がそれを許容できる環境ならいいと思う
    ただ、子供がいる人は、ちゃんと子供のことも構ってあげてほしいなって思う

    ネトゲに没頭するようになってから母は母じゃなくなった。家事も育児もすっかり疎かになった。ご飯や授業参観はおろか、母は私の方を向いてくれることさえなくなった。
    懇談会はしぶしぶ参加していたけど、後で何故か怒鳴られた。
    私が学校から帰る度、朝と全く変わらない体勢でパソコンに向かっていた母の姿を鮮明に覚えている
    ゲームの名前は覚えていない。母の乾いて血走った目はよく覚えている。

    いつから母が変わってしまったのかは覚えていない。昔の母は普通の母だったと思う。私が幼稚園にいた頃は、少しヒステリックなところはあったけど、それでもお母さんと呼ぶことに違和感は抱かない程度には普通のお母さんをやっていたと思う。
    あまり母だった頃の母は記憶には残ってないけどね。乾いた目でパソコンに向かう母の姿の方がずっと長く見てきた光景だから
    母は当時まだ小学生だった姉に家事を丸投げしていた
    「今日は友達と遊ぶから晩御飯は作れない」と言った姉を怒鳴りつけた母の醜い声は未だに生々しく覚えている
    何も憂うことなく思いっきり遊ぶべき時期だっただろうに、姉は私を細やかに世話してくれた。家事の傍らで宿題も教えてくれた
    この状況は二年ぐらい続いたかな。父は何にも気付いていなかった。仕事で帰りが遅くて、いつも私たちが寝静まった頃に帰ってきていたから仕方なかったと思う

    ある日の夜中、帰ってきた父に姉が泣きながら今までのことを洗いざらい話した。起きてきた母は金切声をあげて、私は訳もわからず泣いた。
    私は泣き疲れてすぐに寝てしまったので父と母の間でどんな話し合いが行われたのかを知らない。これがきっかけとなって姉と私は祖母の家に預けられた。
    それから今に至るまで祖母の家で生活している。
    祖母の家で暮らすようになってからは、少なくとも私が知り及ぶ限りでは特筆するような波乱はなかった。姉と祖母と父はもっと何か知ってるかも知れないけど、少なくとも私はごくごく普通の青春を送ったと思う
    姉は祖母とカウンセラーの支えもあって立ち直り、今では立派に社会人をやっている。私も大学生になった。高校までの勉強と違って勉強すればするほど分からないことが増えていくけど、知識欲を満たす生活はとても充実していて楽しい。

    一度だけ、母と会ったことがある。成人式の帰りに父に頼まれて、本当は嫌だったけど仕方なく小さな和食屋で母と再会した
    眉間の深い皺と荒みきった目、毛先が傷んだ髪の毛は、中学の同級生だった不良のお母さん(後に逮捕された)を彷彿とさせた
    不思議なことに父は未だ母と離婚していなかった
    父には申し訳ないけど、愛想を振りまく気にはなれなかった。母の声色、姿、どれも小さな頃の記憶を思い起こさせるもので、私は吐き気と妙な眠気に襲われた。
    考え事に集中して意識を飛ばして母との再会を乗り切った。母の聞くに堪えない罵倒に対して生返事と適当な相槌を繰り返した。
    母の罵倒を思い出すと精神が抉れるので一部だけ紹介する
    「お前みたいな馬鹿には大学なんて無駄」
    「そんなに遊び足りないの?私は進学しなかったよ」
    「すっかりクソトメ(当時は「クソめ」に聞こえた)に甘やかされて。三文安ってやつだね」
    大体こんな感じのことを言われた
    大学をやめるよう命じられたような気がするけど、私はお手洗いに行くふりをしてこっそり抜け出して、そのまま家まで逃げ帰ったので何にも知らない。
    父には後で謝った。別に怒られはしなかった。

    今は平穏な日々が続いている。このまま平和な日々が続くことを祈っている。

    122 :鬼女の秘密 2013/12/11(水) 18:28:10 ID:lNkwsDgS
    ブランドバックの値段を知ったとき。

    祖母には娘がいなかったので、遅く生まれた三兄弟末っ子長女の私は、私が自覚できるくらい溺愛されてた。
    その次に、東大→一流メーカーの花形部署勤務→アメリカに単身赴任という、分かりやすいエリート街道歩いてた叔父も可愛がられてた。
    兄たちと差をつける程、私を甘やかしてたので、私の両親(祖母にとって長男夫婦)とは仲が悪かった。

    少々マザコン気味の叔父は、在米中、誕生日とか関係なく、いいのを見つけたからとか言って、よく祖母にカバンをプレゼントしていた。
    服とかアクセサリーとか関係なく、何故か毎回カバン。それも、男性.が選ぶせいなのか、大抵祖母の好みに合わない。
    祖母は海外ブランドにはまったく興味が無かったし、「売る」=金に困ってする行為、という感覚だった時代の話。
    普通はここで、嫁や娘にカバンが流れてくるんだろうが、娘はいない、嫁とは仲が悪い、ということで、孫の私によこしてきた。
    (母にどうか、と声をかけたのかもしれないが、だとしたら母は断った)
    田舎の小学生なので、服に合わせてカバンを変えることもせず、そもそも、大人向けのカバンは好みに合わない。
    家庭科で作ったナップサックと同等の扱いで、汚れがひどくなったり、使わなくなったら処分されていった。

    時は過ぎ、就職をして上京。
    初めてのボーナスで、自分へのご褒美(笑)を買いに百貨店へ訪れて、祖母からもらったカバンの価値を知ったときは衝撃的だった。

    プラダのリュックにぬいぐるみを詰めて山を駆け、プリマクラッセのバックに絵の具を詰め込んでた小学生時代…。
    変な人が寄り付いたりしなくてよかったなぁ、と、一人でゾッとした。

    1 :鬼女の秘密 2019/10/23(水) 20:58:26 ID:Y7aaNnZBM.net
    去年の夏くらいに急に容態が悪くなって祖母が入院したんよ。10月何日か忘れたが昼過ぎに電話があって、もうあかんらしいと。で、急遽会社早退けて、電車で2時間かかって病院についたんや

    166 :鬼女の秘密 2019/10/25(金) 17:09:07 ID:sl.cm.L1
    両親が一週間ほど旅行に行っている。
    明日には帰ってくるんだが、明日の晩までの夕飯は私が用意しないといけない。
    今日は皆様ご存じ東日本全体が大雨なわけだが、今日買い物に行かないと今日・明日の
    分の食材がもうなかった。
    なので買い出しに行こうとしていたら、祖母(施設が決まるまでの期間限定同居中)が
    こんな天気なのに…とグチグチ言いだすので、買い出しに行かないと今日と明日のご飯が
    もうないんだよと言ったら、お弁当にすればいいんじゃない?と、いい事思い付いた!!みたいな
    顔で言われた。
    祖母の中だと、今日・明日の晩御飯を弁当にすると決めると、買い物に行かなくても
    お弁当というものがどこからか湧き出してくるらしい。
    普段から人の神経逆なでする神経わからんセリフを垂れ流している人だが、
    両親が旅行に出た日から、連日さらに神経わからん言動の連発で疲れた。
    さっさと〇ネとまではさすがに思わんが、早く施設が決まってほしい。

    134 :鬼女の秘密 2009/03/20(金) 21:30:34 ID:A49Ib0Ke
    すみません、長くなりますが吐かせて下さい。分けて書きます。
    先日祖母が亡くなった。大往生の末老衰だったんだけど、最期は家族で看取りたいと決めて自宅介護をした。認知症があり寝たきりで、最期に近付くにつれ会話もままならなかった。

    十数年前に私が中高生の頃、家庭内不和に耐えられずに恥ずかしながらヤンチャしていた自分は、祖母の財布から頻繁に金を抜いていた。それに気付いた祖母が両親に「泥棒だ、金を抜かれている」と訴えた。
    でも今思えば両親は恐らく犯人が私であると気が付いていて、警察を呼ぶでもなく、だけど問い詰めもしなかった。

    祖母はそれから数年経って認知症になった。認知症にはよくある事かもしれないけど、しょっちゅう「金を取った奴は許さない、泥棒!」と幻覚を見ている様だった。
    私は改心して介護に励んだけれど、祖母が呆ける度に申し訳なさでやりきれなかった。

    548 :鬼女の秘密 2019/03/31(日) 22:33:54 ID:wbJ/YFEb.net
    旦那です
    子供が産まれて1年半経つんですが
    義理母が毎月1週間泊まりに来ます。
    部屋は狭い1LDKなので1人の時間が無い
    料理作ってくれるけど毎日精進料理で口に合わない
    滞在中に発生する費用は全て我が家持ち(食費や外出時、外食等)
    お泊りセットが大量に置かれて置き場所が無い(布団セットやネマキ等)
    子育てに口出ししてくる
    ストレスでどうにかなりそう。

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