相続まとめちゃんねる

遺産・相続・離婚・親権・探偵・争続まとめ


    688 :鬼女の秘密 2020/01/08(水) 12:19:40 ID:D0e
    四捨五入したら五十になる歳になってしまったので懺悔。
    新潟の中でもさらにド田舎の、住所に「大字」と付く実家で二十四歳まで暮らした。
    ベビーブームだったので、ド田舎でもそれなりに同年代の子供たちは周囲にいて、お隣(と言っても徒歩二分)は親のイトコの家。
    その家には二歳上の息子がいて、なんでか私はその子と将来結婚することが決まっていた。
    親は悪人ではないけど「お前はこういう生き方をするものだ」と決め付けてきて疑わない人。
    親の計画では私は「高校卒業後は短大に行って、市の公務員試験を受けて市役所勤務して、二十五歳になったらお隣のヒロちゃんと結婚して子供を三人産む」ことになってた。
    ちなみに弟は「いい大学に行け。その後は好きにすればいい」だった。

    親の言うことさえ聞いていれば叱られないし楽だったこともあって、私はボーっと親の言いなりの子に育った。
    親の言うがままに勉強して、親が言うまま本来の偏差値より低い高校(家から一番近かった)に入学して、ヒロちゃんと付き合った。
    ヒロちゃんを好きだと思ったことはなかった。
    私のことを完全にナメていて、ちょっとでも私が気に入らないことをすると両家の両親に言いつけた。
    私は両家の両親に「なぜヤらせないんだ」というようなことまで叱られた。ボーっとした私もさすがに屈辱だった。
    でも叱られたり叩かれたりするのがいやで、結局言いなりになってしまった。
    親の口癖は「おまえみたいな世間知らずは、ここでしか生きていけない」
    子供の頃からずーーーーーっと言われ続けていたので、完全に洗脳状態で「ここでしか生きていけないんだな、仕方ないな」と思っていた。

    短大卒業後、市職員の試験に合格。市役所の税務課で働いた。
    税務課の「土地・家屋」部門はなぜか男忄生が九割で、歓迎会や納涼会などで初めて男忄生と一緒にお酒を飲んだ。
    ヒロちゃんといる時はヒロちゃんだけが飲んで、私はお酌をするだけで飲まないものとされていた。
    私は断りきれずに二杯ほど飲み、親に怒られると思いながら帰ったら
    「付き合いだからそういう場では飲むのが当然。断るのは相手の顔をつぶす」と言われ叱られなかった。
    それを機に、私は同僚にお酒に誘われるたび断らずに参加した。居酒屋だけじゃなく、バーやスナックにも連れていってもらった。
    スナックにはきれいな女忄生がいて、ほえ~っとなった。
    勿論そういうきれいな人がいるのは知ってたけど、至近距離で見たのと「自分と同じ人間だ」と認識したのが初だった。
    「肌がきれい」とホステスさんに誉められて、まあ他に誉めるとこなかったんだろうけど、人に容姿を誉められたのが初めてで更にほえ~っとなった。
    親は私をかわいいともブスとも言ったことがなかった。
    ヒロちゃんは私をブスだババアだ(二歳下なのに)、我慢してやってるんだと言うだけだった。
    私は親に内緒で毎日一時間だけ、スナックで一杯飲んでから帰るようになった。
    自分がしゃべるよりホステスさんたちの話を聞くのが好きで、「聞き上手だ」と可愛がってもらえ、御代もしばしばホステスさんの奢りにしてもらった。
    ホステスさんの大半が今で言うシングルマザーで、旅館の住み込み仲居の経験がある人が多く、「どこの旅館がいい」「あそこは最低」と聞かされた。


    433 :鬼女の秘密 2020/01/10(金) 22:39:39 ID:pz.tq.L1
    こんな名前をつけたうちの親が、神経わからん
    俺は上に姉と兄がいる
    名前は、姉がさくら、兄が空(ソラ)
    兄が現代的な響きではあるが、奏空(そら)とか宇宙(そら)とかじゃないだけマシな気はする
    で、さくら、そらときて、俺の名前、焔良(メラ)なんだよね
    わかるよ、ラを揃えたかったんだろ
    さくら、そらと来て俺だけラがなかったら、俺だけ仲間はずれやだー、姉ちゃんたちと同じがいいー!と泣くとでも思ったのかボケ
    それなら男の子だから兄ちゃんとつながってるね的な理由で、陸とか、海斗とかでもよかったし、さくらと関連性持たせて大樹とか葉介とかでもよかったわ
    そしたらさくら、空、海斗で全員自然系だねーで終わったのに
    メラってなんだよまじで
    しかも焔入ってるんだぜ
    中二病のハンドルネームでも使わねーわ

    320 :鬼女の秘密 2009/12/07(月) 21:08:04 ID:JKnm4DJt
    月並み?だが、自分が養子だった事。
    高校の修学旅行でパスポートが必要になり、戸籍謄本を取った時に愕然とした。
    その日は何も手に付かず、夕飯で両親が揃った時、思い切って問いただした。

    最初は鳩が豆鉄砲食らったような顔をしてた父が、みるみる目と口を開いていき。
    「忘れてた!!」
    今度は私が豆鉄砲を食らいました。

    結婚当時、子宝に恵まれず、まだ赤ん坊だった私を施設から引き取った事。
    年頃になったら説明しなきゃいけないなあ…と思いつつ、3人で生活している内に
    養子という意識も薄れ、私が中学生になった頃にはすっかり頭から抜け落ちていた事。

    「いや、小学校卒業した時に説明するかどうか悩んだ記憶があるから、それまでは覚えてたんだよ」
    などとしどろもどろで言い訳する両親を見てると、ああ、二人は間違いなく私の両親なんだなあと
    思えて、なんだか泣き笑いになってしまった。

    あれから10年近く経つけど、私たちの関係に変わりはない。
    今日が両親の結婚記念日だったので、ふと思い出した。

    521 :鬼女の秘密 2010/11/14(日) 11:04:12 ID:dgpl5SXL
    妹の話。

    小学校時代、同級生に精白とまではいかないけど、普通学級についてくの
    精一杯、動作や話し方も鈍いという子がいた(以下A)。近所だったので、いっしょに
    遊んで、登下校もいっしょ。妹は面倒見がよかったから、先生からもいっしょ
    に組まされたりしてた。
    折りしも中学校はいじめまっさかり。A親はAがいじめられるにちがいないと
    心配して、うちの妹といっしょのクラスにしてくれるよ学校にねじこみ、かなった。
    妹は多少うんざりしつつも、しょーがないと思って、他に仲のいい子といっしょの
    グループをつくってそこにAも入れていた。

    それでもやっぱりAはいじめっこグループに目をつけられ、何かっちゃ絡まれて
    て、妹はかばってたらしい。ついに、Aはグループ4、5人に体育館裏に呼び出され
    妹は単身飛び込んで、庇って帰ってきた(妹は気が強くて口が立つので、完全ドキュ
    じゃなかったいじめっこグループはそれでびびったらしい)

    753 :鬼女の秘密 2016/06/12(日) 01:18:48 ID:L2D
    結構前の話だけどふとはき出してみる



    結婚して十年元夫の母(トメ)の介護をしていた。
    トメは別に悪いトメじゃなかったんだけど、やっぱり手はかかるので、仕事は続けられずやめたし、
    子供は作る気になれなかった。そんな余裕なかった。
    旅行も十年行ってないし、ろくに美容院や買い物もしたことない。
    友達とランチすらほとんどなかった。
    元夫は仕事が忙しくて、帰ってくるのは遅くて、でもいつもごめん、と謝ってたからまあ我慢できた。

    十年たってトメがタヒんで、なんだかやっと肩の力が抜けて、言っちゃ悪いが、やっとタヒんでくれた、って
    気分になった。トメはけして悪い人じゃなかったが、なんというか自分の人生十年間棒に振った気がして
    つらかった。
    でも、トメがタヒんだ後に、元夫が離婚してくれと言い出したのは驚いた。
    なんと残業だと思っていたのは、愛人とデートしてただけだったらしい。
    今思うとテンプレなんだけど、妻が介護で身なりもかまわずぼろぼろで、家事もおろそかになり、部屋も
    うんこしっこで臭いし、まあきれいな愛人とホテルで遊んでる方が楽しかったんだろう。
    出張とかいってたのもお泊まりデートだったみたい。
    トメがタヒぬまでは離婚できないから、私は介護要員だったわけだ。
    それだけでもショックなのに、元夫の愛人には子供がいた。五歳だって。種は旦那ね。
    おまえとの間には子供いないけど相手には子供がいるから、とかいわれて、私アハハハハハハハハハハハハハハ
    と狂ったように笑い続けてたの覚えてる。
    元夫が何か言おうとしたけどひたすらアハハハハハハハハハハハハハハハハハハハっていってた。
    怒りより先に笑いしかでなかった。
    アハハハハハハハハっていいながら黙って鞄もって実家に言って、びっくりした親に大笑いしながら、
    「なんかねww元夫隠し子いたんだってwwww離婚したいんだってwwwうけるーwwwww」
    とか泣きながら笑ってた。
    それからあと、頭ぼーっとしてほとんど覚えてない。なんか頭真っ白って言うかご飯食べてたりしたのは覚えてる
    んだけど、なんというのか、機械みたいだった。深く物事を考えたらいやなことを思い出しそうで、感情ってのが
    沸いてこなかったというか沸かないようにしていた。
    しばらくしたら、怒りとかよりも先に気が抜けて、ひたすらむなしくて悲しかった。
    旦那に腹は立たなかった。ただ、あー、わたし、何してたんだろう十年・・・馬鹿だなあ・・・という自己嫌悪
    ばかり。
    自分が廃人みたいになっていた間に、親とかが頑張ってくれていたみたい。離婚は決定だったし、慰謝料は当然
    向こうは払ってくれるつもりだったようだ。
    親は私の代わりに憤慨していて、元夫を刺し杀殳さない勢いだった。慰謝料はそうとうふんだくれたらしい。
    離婚届に名前を・・・のところで、私はとある気持ちがわいてきた。
    旦那の愛人と隠し子に会わせてほしい、といった。元旦那は渋った。私が彼女たちに何かひどいことを言ったりすると
    思ったんだろう。酷いことは言わない。なんなら元夫が隣で監視していてもいい。ただ元夫の新しい妻になる人と
    子供に、最後に話をしてみたいだけだ。と。会わせてくれるなら慰謝料も減額してもいいと言ったら元夫はOKした。

    1 :鬼女の秘密 2019/09/01(日) 20:02:19 ID:8BXwinxc0.net
    昨日、親戚の集まりで焼肉行く事になって大衆店の牛角に行ったんだが

    息子(5才)「僕こういう肉はあまり受け付けない、安いのには理由があるんでしょ?」

    教育を間違えたかもしれない…将来が心配だ、社会人になった時に大丈夫だろうか…

    90 :鬼女の秘密 2016/04/27(水) 22:21:45 0.net
    初めての相談なので、不手際があったら教えてください。
    私は3年前に結婚して、現在は夫と0才の娘と3人で
    実家から車で15分程度の賃貸アパートで暮らしています。
    結婚する5年ほど前に、実家を建て直し、今は両親が住んでいます。
    姉が1人いるのですが、実家建て替えの直後結婚し、家を出ています。
    私は当時夫と付き合い始めて少し経ったところでしたが
    姉から「〇〇ちゃん(私)はどうせ家建てられるような人と結婚できないだろうから、この家あげるよ」
    と言われ、私がいずれ住む方向で話が進んでいました。
    そのときは姉が両親を引き取ると言っていたので
    家だけもらえるなんてありがたい話だなあと思っていました。
    ところが、姉が「やっぱり両親を引き取るのは無理だ」と言い出しました。
    娘を妊娠しているときに切迫流産で自宅安静になり、
    半ば強制的に実家に連れ帰られ面倒を見てもらいましたが、
    両親とは元々性.格が合わず、
    母から「そんなゆるい性.格だから股までゆるくてそんなこと(切迫)になるんだ」とか、
    姉(当時不妊治療中)からは「大事にできないならおなかの子ちょうだい!」と言われたりで、
    ストレスで毎日泣いてしまい、やはり同居はむずかしいと思いました。
    娘が幼稚園に入るまでに持ち家をと考えており、家をどうするかを姉と母に相談したのですが
    姉に「子供が産まれたからって急にセカセカしだして、
    こっちはペース乱されて迷惑だってママと話してた」と言われてしまいました。
    相談が迷惑ならもう勝手に話を進めようと思い、夫と一念発起して家を建てることにしました。
    幸い夫の実家の土地を分けてもらえるそうで、そこに家を建てようと思うのですが、
    やはり実家のことをきっちり話をつけてからでないと才柔めると思い、母に話したいのですが
    今まで母や姉に意見できずに見下され丸め込まれてきた私には、とても勇気がいることです。
    また貶されて自信喪失して丸め込まれそうだし、今までの不満などをぶち撒けてしまいたい気持ちもあり
    きちんと話せるか不安です。
    娘をかわいがってくれているし、孫と一緒に住むことを楽しみにしていると思うし
    拗ねられて厄介なことになる可能性.もあります。
    どう伝えたらいいでしょうか?

    664 :相続まとめちゃんねる 2014/06/01(日) 10:39:43 0.net
    先日解決した修羅場
    俺は2歳の頃両親が離婚して以降、父の実家で俺、父、祖父母で暮らしていたが、
    10歳の頃、父が失踪して音信不通になった。そこからも色々あったんだが、今回は割愛。
    現在、祖父母は既に他界し、俺も結婚して子供2人のアラフォー親父となり、
    今も実家に家族で住んでいるんだが、先日クソ親父が約30年ぶりに姿を現した。
    そこで判明した失踪の理由がアホすぎるんだけど、なんと元嫁(つまり俺の実母)と
    駆け落ちするためだったんだそうな。子供捨てて駆け落ちかよorz
    さらに俺には14歳年下の妹もいるんだそうな。
    で、その妹ってのが近々結婚するそうで、そのために家族の身辺整理(戸籍関係)や
    後々の財産相続をハッキリさせたいというのが、今回現れた理由。
    その身勝手な理由聞いて俺激怒、親族(父の姉弟)激怒、弁護士挟んで実家の財産
    (とはいっても狭い土地と築35年のボロ家だけですが)は全部俺。父は俺や親族との
    関係をすべて絶たれて見事絶縁となりました。

    298 :鬼女の秘密 2019/07/29(月) 18:51:13 ID:kY.xa.L1
    改名したから、記念で。改名後の名前はフェイク、もともとの名前はフェイクなしで。
    うちは父、母、私、弟の四人家族。
    特別貧乏でもお金持ちでもない、よくある家庭。
    ただ、私の名前が渚美里(なちゅり)、弟が海風(しょあ)であることだけがちょっと変だった。
    親はサーフィンとか海もそこまで大好きというわけでもなく、ギャルだったようにも見えない。
    唯一、強いて海と関わりあるといえば、父が湘南出身というだけ。
    あんなに地味な親が、ギャルみたいな名前センスだなとは思ったけど、親に聞いても「大事な名前なのよ」としか言われず。
    でも、大きくなってから、私達は養子だったと言われた。
    そのことももちろん衝撃だったけど、それ以上に私達の名前を父母がつけたんじゃないんだ!ということに衝撃&納得。
    私達の名前をつけたのは実親で、うちの親はそれを尊重したかったらしい。
    でも正直実親の記憶も全くなく、今の父母だけが親。
    一応実親に会いに行ったけど、全く尊敬できるような感じではなかったので、未練もなくなった。
    私はなっち、なっちゃんと呼ばれているから、そのあだ名になるような名前に改名。弟も由来は省くけど、改名。
    二人とも示し合わせてないけど、父母との関連も持たせた。
    関連と言っても、母が恵美子だから私は奈津美(美が同じ)、父が和樹だから弟は将大(父の樹と弟の大で大樹になる)みたいな一見わからないレベルだけど。
    私達もだけど、親も新しい名前を気に入ってくれてよかった。
    本当に普通の親としか思えず、ムカつくこともあるんだけど、これからも普通の親子として生きていきたいと思う。


    688 :鬼女の秘密 2020/01/08(水) 12:19:40 ID:D0e
    四捨五入したら五十になる歳になってしまったので懺悔。
    新潟の中でもさらにド田舎の、住所に「大字」と付く実家で二十四歳まで暮らした。
    ベビーブームだったので、ド田舎でもそれなりに同年代の子供たちは周囲にいて、お隣(と言っても徒歩二分)は親のイトコの家。
    その家には二歳上の息子がいて、なんでか私はその子と将来結婚することが決まっていた。
    親は悪人ではないけど「お前はこういう生き方をするものだ」と決め付けてきて疑わない人。
    親の計画では私は「高校卒業後は短大に行って、市の公務員試験を受けて市役所勤務して、二十五歳になったらお隣のヒロちゃんと結婚して子供を三人産む」ことになってた。
    ちなみに弟は「いい大学に行け。その後は好きにすればいい」だった。

    親の言うことさえ聞いていれば叱られないし楽だったこともあって、私はボーっと親の言いなりの子に育った。
    親の言うがままに勉強して、親が言うまま本来の偏差値より低い高校(家から一番近かった)に入学して、ヒロちゃんと付き合った。
    ヒロちゃんを好きだと思ったことはなかった。
    私のことを完全にナメていて、ちょっとでも私が気に入らないことをすると両家の両親に言いつけた。
    私は両家の両親に「なぜヤらせないんだ」というようなことまで叱られた。ボーっとした私もさすがに屈辱だった。
    でも叱られたり叩かれたりするのがいやで、結局言いなりになってしまった。
    親の口癖は「おまえみたいな世間知らずは、ここでしか生きていけない」
    子供の頃からずーーーーーっと言われ続けていたので、完全に洗脳状態で「ここでしか生きていけないんだな、仕方ないな」と思っていた。

    短大卒業後、市職員の試験に合格。市役所の税務課で働いた。
    税務課の「土地・家屋」部門はなぜか男忄生が九割で、歓迎会や納涼会などで初めて男忄生と一緒にお酒を飲んだ。
    ヒロちゃんといる時はヒロちゃんだけが飲んで、私はお酌をするだけで飲まないものとされていた。
    私は断りきれずに二杯ほど飲み、親に怒られると思いながら帰ったら
    「付き合いだからそういう場では飲むのが当然。断るのは相手の顔をつぶす」と言われ叱られなかった。
    それを機に、私は同僚にお酒に誘われるたび断らずに参加した。居酒屋だけじゃなく、バーやスナックにも連れていってもらった。
    スナックにはきれいな女忄生がいて、ほえ~っとなった。
    勿論そういうきれいな人がいるのは知ってたけど、至近距離で見たのと「自分と同じ人間だ」と認識したのが初だった。
    「肌がきれい」とホステスさんに誉められて、まあ他に誉めるとこなかったんだろうけど、人に容姿を誉められたのが初めてで更にほえ~っとなった。
    親は私をかわいいともブスとも言ったことがなかった。
    ヒロちゃんは私をブスだババアだ(二歳下なのに)、我慢してやってるんだと言うだけだった。
    私は親に内緒で毎日一時間だけ、スナックで一杯飲んでから帰るようになった。
    自分がしゃべるよりホステスさんたちの話を聞くのが好きで、「聞き上手だ」と可愛がってもらえ、御代もしばしばホステスさんの奢りにしてもらった。
    ホステスさんの大半が今で言うシングルマザーで、旅館の住み込み仲居の経験がある人が多く、「どこの旅館がいい」「あそこは最低」と聞かされた。

    このページのトップヘ